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<<<2011夏、福井への旅>>>



今年は福井大学で数教協の全国大会があるので、上のような経路で出かけることにしました。
退職しているけれども、昔から見慣れた懐かしい顔に会うと同時に、この前後での旅を楽し
みにしているので、計画を立てました。この調子だと今後も出かけていきそうな気がします。

大雑把な予定は、最初が愛知県の犬山市内で2泊し、明治村を徹底的に見学すること。次に
福井大学がある福井市のそばの鯖江市に宿を3泊取り、そこから勉強に通うこと。最後は、
村嶋さんとミニ旅行をするためにもう1泊福井市内に宿を取り、最後は自宅まで帰ってくる
こと。つまり、6泊7日の旅行となりました。



8月3日(水) 出発→犬山市「リトルワールド」


高速道路の圏央道(桶川→八王子)と中央道(八王子→小牧東)を乗り継いで行きました。
私の家からは、東名道より中央道の方が便利です。午後2時頃犬山市に着いたので、リトル
ワールドに行きました。少し夕立に遭いましたが、主にアジアの古い建築物を中心に広大な
土地に配置されており、また、その周辺には現地の飲食物も販売していたので、結構楽しく
回れました。



8月4日(木) 犬山市「明治村」


今日は念願の明治村踏破の日です。9時半の朝一番で入場しました。北側の駐車場からの入
場なので、「5丁目エリア」から「1丁目エリア」に向けての見学です。全部見ると5時間
以上はかかるということで、頑張ってスタートしました。しかし、気温はグングン上がり熱
中症の危険日となりました。アイスコーヒーを飲みに「4丁目エリア」にある「汐留バー」
に入り、そこのマスターに見方を尋ねると、村営バス(大人500円で乗り降り自由)が便
利なので、それを活用してはどうかと教えられました。それに乗って、ガイドタイムの芝川
又右衛門邸と西園寺公望別邸「坐漁荘」(両方とも「3丁目エリア」南側)へ行くと説明が
聞けるので、時間が来たらバスで行き、また帰ってきて、続きの見学をすると良いと教えて
くれました。
結局、バスを活用して、「5丁目エリア」→「4丁目エリアの北半分」→バス→「1丁目エ
リア」→バス→「5丁目エリアの洋食屋浪漫亭でカレーライス(昼食)」→「4丁目エリア
の南半分」→「3丁目エリア」→「2丁目エリア」→バス→北出口と言う感じで行動しまし
た。写真もそのような順番になっています。全部見学して、約5時間(約16700歩)で
した。



8月5日(金) 犬山城から国道303号線で鯖江市へ


木曽川沿いにある犬山城は1537年に信長の叔父「織田信康」によって建てられた白帝城
と呼ばれる国宝である。ここを見学後、信長の実弟「織田有楽斎」が建てた国宝茶室の有楽
苑を見学し、次の宿泊地「福井県鯖江市」に向かった。
前回関ヶ原を通ったので、今回はそれを避けて、山間部へ向かった。台風も逸れたので、豪
雨は来ないと判断し、揖斐川沿いに国道303号線を行くことにした。本当はもっと山の中
の国道417号線で行きたかったのですが、道の駅「星のふる里ふじはし」で地元の人に聞
いたら、「冠山峠付近が完成してないので行けないよ」と言われた。もし、行けたら、この
道の先が鯖江市なのです。仕方がないので、少し遠回りですが、国道303号線で進みまし
た。この道は、途中に「夜叉ケ池」がある素敵な雰囲気の国道です。長浜市の木之本に到着
すると、そこは「賤ヶ岳」の地です。琵琶湖の北をかすめて、国道8号線で敦賀市に向かい
ました。この道は、明治維新直前に加賀藩が運河を敦賀から京都まで引く計画を立て、石黒
藤右衛門(越中の和算家、測量家の石黒信由の子孫)らが測量済みの地でした。誤差がほと
んど無い正確な三角比を利用していたのには驚きです。ここは明治政府によって中止になり
ましたが、その測量技術を利用して、京都疎水を完成し琵琶湖から京都に水を引いています。



8月6日(土) 数教協大会1日目「福井城址」


鯖江市のホテルから福井市内へ自家用車で行く予定だったが、メインストリートとのフェニ
ックス通りでお祭りをやっているので、駐車場のことが心配になり、JR北陸本線で行くこ
とにした。鯖江駅まで歩くとなると、もう少し駅近のホテルにすれば良かったと思ったが、
朝食付きで、インターネットもでき、駐車も無料の条件で、安価なビジネスホテルはそうな
いので、良しとしよう。
鯖江駅から、北鯖江駅、大土呂駅、越前花堂駅(はなんどう)、南福井駅、福井駅と5つと
少なく近い感じであったので、福井駅から「えちぜん鉄道」三国芦原線に乗り換え、福大前
西福井駅で下りる予定を中止し、徒歩で福井城址やお祭りのフェニックス通りを見学しなが
ら福井大学へ行くことにした。福井城址などの見学は良かったが、大学までは遠くて汗びっ
しょりになってしまったが、福井市内の様子が良く理解できた。
大会では、今年退職した茂呂さんや鴇田(ときた)さんとも会えて嬉しかった。来年の鹿児
島大会も来るというので、私も退職4年目になるが妻と旅行を兼ねて行くつもりだ。たまに
は妻を連れて行かないとね。
大会行事では、福井農林高校郷土芸能部の皆さんによる太鼓は迫力のある演技であった。挨
拶の後、記念講演「競争原理を越えて、学びと育ちの共同をつくる〜教育実践と教育改革の
展望〜」中嶋哲彦(名古屋大学大学院教授,元犬山市教育委員)を聞いた。そう言えば、何
故、犬山市に行こうと思ったかだが、中嶋先生の肩書きに元犬山市教育委員とあったからだ。



8月7日(日) 数教協大会2日目「北の庄城址・足羽山」

※2連振り子の動画が「写真をもっと見る」に入りました!

昨日は村嶋さんと繁華街の中華料理店で、楽しい一時を過ごしたので、ビールも飲んだので、
車で行かなくて正解であった。
今日もJR北陸本線で行くことにしたが、寝坊したためこの時間では、1時間に1本しか電
車が無く、特急に乗る羽目になり、大出費となった。その所為か、直ぐに大学に行く気が起
こらず、前から行ってみたかった北の庄城址と足羽山(あすわやま)へ午前中行くことにし
た。北の庄城址は、言わずと知れた柴田勝家とお市の方と三姉妹(大河ドラマ「江」でお馴
染み)が暮らしたお城です。
柴田勝家の家系図の中に遠縁ではあるが、平山郁夫の名前があったのにはビックリした。お
市の方の掛け軸があったので写したら、後にカメラを持った私が写っている。
次に足羽山に向かった。この山の目標は「継体天皇像」である。コースは愛宕坂から上り、
足羽神社の「垂れ桜」を撮影後、自然史博物館へ入った。ここでの収穫は、「地磁気は語る」
と「日本列島の回転」です。これで東日本と西日本がどうやって合体したかが分かりました。
ここを出るとすぐそばに「継体天皇像」が立っている。七福神の布袋様のような顔だ。絵が
残ってないので想像で作ったのだろう。カメラの操作がイマイチで、フラッシュが焚けなか
ったが、今は出来るようになった。(セレクトスクリーンで夜景&人物とやると、フラッシ
ュが焚ける)
下山途中で茶屋で名物料理を食べた。コンニャクと豆腐に味噌をつけた料理だ。急坂を下り
た所にある、左内公園で橋本左内の銅像と墓所を撮影した。
午後から大会に参加した。「確率統計」の分科会だ。高橋先生が不思議な教具を動かしてい
たので、写真と動画を撮影した。
帰りは、フェニックス通りを通り、直接鯖江方面に行ける「福井鉄道福武線」に乗って帰っ
た。ローカルな雰囲気がとても良かった。お祭り帰りの女子中学生の浴衣姿も着崩れていて
印象的だった。どうして中学生はあんな感じに着崩れるのかなあ?
西鯖江駅で降りて、町の裏道をJR鯖江駅方面へ向かった。



8月8日(月) 数教協大会3日目「永平寺・一乗谷朝倉氏遺跡」


今日は、3泊した鯖江のホテルとお別れして、自家用車で福井大学へ行きました。入り口で
チケットをもらって校内へ入り大きな駐車場に停めました。これならば、毎日車でも来られ
たなあと感想を持ちました。
午前中にあった数学サロンの「和算を実学に?幕末の敦賀・京都間運河計画」と言う分科会
に参加しました。富山県新湊博物館館長の島崎 毅さんが講師でしたが、話が面白く北陸に
花開いた和算家達の歴史とその測量や運河計画という実績もスライドで目にすることができ、
とても興味を持ちました。
お昼から村嶋さんと小旅行に出かけました。まず、永平寺です。以前訪ねたときより建物も
増えており、またその紹介ビデオなども流れており、宣伝力が向上している感じでした。
次に向かったのが、私が行ってみたかった一乗谷朝倉氏遺跡です。浅井氏と朝倉氏は共に信
長に滅ぼされますが、その後朝倉氏の城下町は田畑になっていたのが功を奏して、現在次々
と朝倉氏の城下町遺跡が掘り出され、当時の様子を再現している場所でした。大きな城下町
が存在していたことが分かりました。



8月9日(火) 九頭竜ダム・郡上八幡・平湯→帰宅

※郡上おどりの動画が「写真をもっと見る」に入りました!

最終日の宿は、福井市内にある日帰り温泉ホテルでした。温泉が何度でも入れたのと、映画
もやっていたので、ビジネスホテルとは違う楽しみがありました。夕食(有料)も朝食(無
料)も美味しいと共にボリュームもあり、日帰り温泉地ならではの徳がありました。
国道158号線で九頭竜ダムへ向かいました。えちぜん鉄道九頭竜線の終点は九頭竜駅で、
駅前に恐竜の模型が飾ってありました。この地は、恐竜の化石がよく見つかるとのことです。
九頭竜湖は大きなダム湖でしたが、発電方式は地下式でした。地下式は初めてだったので、
看板の説明書き興味深く見ました。ダムでは釣りやボート遊びがやられてないので、村嶋さ
んに聞くと「禁止の張り紙があった」とのことでした。これは、急な放水などで、もし吸い
込まれたら逃げ出せないからなのだろうと二人で合点しました。
このあと村嶋さんが名古屋から新幹線で帰るために、最寄りの大きな駅である「郡上八幡駅」
に立ち寄りました。私も高速道で直ぐ帰ればよいのに、郡上八幡踊りに惹かれて、郡上八幡
博物館へ立ち寄り、踊りや歴史を勉強しました。踊り方が8種類もあり、それぞれ面白い側
面があることが説明のお姉さんの踊りで理解できました。
このあと、高山経由で平湯の「潟iガセスッポン養殖場(0120-49-2272)」を見学して各
種の亀を撮影しましたが、スッポンは隅に隠れていたので撮影できませんでした。私の健康
の秘密はこのサプリメントの所為ですので、お礼を兼ねて見学に訪ねたわけです。
この平湯を出たのが午後4時でしたが、長旅なのに疲れ知らずで、松本から高速道を乗り継
ぎ午後8時には自宅に舞い戻りました。


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